2023年4月17日
親亡き後問題の対策は?福祉型信託のメリット

障がいのある人やひきこもり状態にある人は、親がいなくなった後に生活基盤が一気に崩壊するリスクにさらされています。こうした「親亡き後問題」には、後見や信託を活用した備えが有効です。特におすすめできるのは、一度契約すれば財産面で長期・継続的に子を支援でき、子亡き後の遺産の帰属先まで指定しておける福祉型信託の活用です。
本記事では、親亡き後問題が起きる仕組みや具体的な状況に触れ、一般的な対策や福祉型信託の活用について解説します。
1.親亡き後問題とは
親亡き後問題とは、障がいのある人・ひきこもり状態にある人が、主な支援者である親が亡くなった後に生活基盤が破綻してしまうことです。
知的・精神・発達・身体のいずれかに障がいを持つ人は、判断力や交渉力、そして情報リテラシーに不足があります。多くは両親の継続的な支援を必要としますが、決して永続するものではありません。両親がいなくなるその日、引継ぎ先や支援継続のあらかじめ用意されていなければ、たちまち財産と生活の両面で苦しむことになります。
1-1.障がい等のある子の親が抱える不安
支援者たる親の加齢が進むと、親としては「自分の生活及び財産的支援なしに暮らしていけるのか」「支援の引継ぎをどうすればいいのか」といった点で頭を抱えることになります。具体的には、次のようなポイントが心配です。
- 新たな生活拠点の確保
- 介助・介護の担い手の確保
- 医療や福祉サービスの利用
- 財産管理、相続の手続き
- 障害年金・生活保護等の経済的支援及び手続き
親亡き後問題を抱える家庭は、潜在的に多数存在すると考えられます。
例えば、障害者団体きょうされんの地域生活実態調査(https://www.kyosaren.or.jp/investigation/260/)では、障がい者「3人に2人は未婚・40代まで親と同居が過半数」との国民一般とはかけ離れるデータが示されました。
支援を必要とする当事者も認定された障がい者であるとは限りません。平成31年の時点で61.3万人存在する(出典:内閣府調査:https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/life/h30/pdf-index.html)ひきこもりの子を持つ親も、支援を継続すると共に、自分が亡くなった後の子の生活状況について同様の不安を抱えると考えられます。
1-2.親亡き後=親の死亡後とは限らない
親亡き後問題を当事者家族の目線で考えると、厳密に「親が亡くなった後」と限定することは出来ません。存命でも、加齢に伴い、体調悪化や認知症発症によって子の支援に空白が生まれるリスクも考慮しなくてはなりません。
特に財産的な面では、親の判断能力の低下によって預貯金の引き出し等が出来なくなり、必然的に子への生活費給付も不可能になる問題があります。
1-3.高齢化社会では「配偶者なき後問題」も
核家族化と高齢化が同時に進んでいる今、子どもに限らず配偶者の将来を不安に思う人も多くいます。遺された配偶者自身の生活はもちろん、障がい等を持つ子をケアする高齢者夫婦では、片親の負担が大きくなって親子で共倒れしてしまうリスクがあります。
2.親亡き後問題の具体的な問題
障がい等を持つ子の親の支援内容は、生活費給付、金銭管理、契約等の各種手続きの支援や代行があります。これらが親の死亡等によって一斉に停止すれば、衣食住に困難を抱え、ある程度は自立できていてもトラブルに巻き込まれるリスクが大きくなると言わざるを得ません。
親が亡くなった時の状況を当事者目線で説明すれば(下記参照)、以降でとりあげる問題も理解しやすくなります。
- 生活費給付が一時的に止まる(後見や相続の手続きを終えるまで)
- お金の管理や使い道のアドバイスをする人がいなくなる
- 当事者に必要な法律行為(契約・手続き等)を代行する人がいなくなる
2-1.生活費の支払い・各種手続き
親亡き後問題で実感として現れるのは、生活に必要な支払いや手続きができなくなる問題です。やり方が分からないことに加え、生活資金の流入がなくなることが原因です。具体例として、水道光熱費や携帯電話料金の支払い、障害者年金や手帳更新等の手続きが挙げられます。
2-2.財産管理・消費者トラブル
同じく親亡き後問題の中心的な課題として、金銭等の財産の管理や、お金を巡るトラブルに巻き込まれるリスクも挙げられます。不要な出費がかさんで必要最低限の生活費に手を付けてしまったり、詐欺被害に遭ったりする可能性です。
2-3.生活拠点の確保と管理・維持
障がい等を持つ子等と親の同居では、親がいなくなった後の生活拠点も心配です。自宅の売却・改修や賃貸入居といった必要な対応ができず、施設に入居したくても待ち時間が生じてしまう問題が考えられます。
2-4.支援を引き継ぐ人の負担
障がい等を持つ子らの希望に沿った支援を継続しようとすると、支援を引き継ぐ人の負担が心配です。多くは夫婦間で引継ぎを行いますが、認知症の配偶者と子の両方をケアすることで、説明したように負担が激増する可能性があります。
2-5.子亡き後の財産の帰属
親亡き後問題では、当事者である子が亡くなった後の財産の承継先も課題となります。法定相続できる子や配偶者の不在と、当事者に遺言能力がないことが原因です。このような背景事情から、相続人不存在が確定した後に財産が国庫に帰属する可能性大と言わざるを得ません。
3.親亡き後問題の一般的な対策
親亡き後問題にあらかじめ備える方法として、後見制度や信託があります。日常生活のことも含めて解決したい時は、自治体の相談窓口を利用してみると良いでしょう。
一般的な対策法を挙げていくと、次のようになります。
3-1.成年後見制度
当事者のための財産管理・生活費給付・各種手続きの代理には、成年後見制度で対応できます。障がいの影響で判断能力が不十分な人につき、成年後見人(保佐人または補助人)が上記支援を担う制度です。
成年後見制度は、基本的には当事者の生活を支える具体的な手段であり、親亡き後問題に直接対処する方法にはなりません。理由として次のようなものが挙げられます。
- 親が成年後見人等だと問題解決にならない(後に変更が必要になるため)
- 後見開始・変更には申立てが必要で、審理のため時間がかかる(支援体制に空白が生じる)
- 本人や当事者家族の意思に反する後見人が選任される可能性がある
- 子亡き後の財産の帰属を決めておくことは出来ない
3-2.親の任意後見契約
親自身が認知症となって子と共倒れしてしまう問題には、任意後見契約で対応できます。配偶者等の二次的な支援者を任意後見人として、親の財産管理及び各種手続きを委ね、その業務を通じて子や配偶者のため経済的支援を続ける方法です。
任意後見契約で注意したいのは、当事者である子の生活を直接支えるものではない点です。この点も含めて、次のようなデメリットがあります。
- 死後に支援が途切れる問題には対応できない(別途対策要)
- 任意後見人の負担が大きくなりやすい(単純に業務が多い、収支報告義務がある等の理由)
- 子亡き後の財産の帰属を決めておくことは出来ない
3-3.遺言による信託設定
親の死後の財産管理や給付については、遺言書で細かくルールを決め、信頼する人に委託する方法でも可能です。
遺言による信託の欠点は、支援の実現性にあります。死亡によって効力が生じる点や、受託者の合意を必要としない単独行為であることが理由です。具体的には、次のようなポイントが弱いと言えます。
- 生前の認知症リスク等には対応できない(別途対策要)
- 受託者に拒否され、支援が実現しない可能性がある(信託法第5条)
3-4.自治体の相談窓口の利用
障がいのある子の生活に必要な制度全般については、市区町村の役場にある障害福祉課や、福祉保健局等にも相談できます。
自治体の相談・支援業務は無料または低額で受けられるのがメリットですが、必ずしも当事者らが希望する支援が受けられるとは限りません。事業内容にも地域差がある等、次のようなデメリットがあります。
- 支援体制が不十分な地域もある
- 生活支出分を超える財産の管理(不動産や株式等)については相談不可
- 子亡き後の財産の帰属等、相続関連の相談も不可
4.親亡き後問題と福祉型信託
後見等に代わる当事者のための財産管理及び給付の手段として、家族信託があります。二次的な支援者を受託者、障がい等のある子を受益者として、親の財産を子のために管理・給付してもらう契約です。こうしたハンデのある人のための信託契約は、福祉型信託と呼ばれます。
信託の特徴として、生前から死後にかけて継続的に支援できる点があります。日常生活のケアや手続きの代理・支援は別の方法でカバーする必要がありますが、後見制度と異なり、長期に渡って支えられるのは大きなメリットです。
▼ 家族信託(福祉型信託)のモデル例
- 委託者:父
- 受託者:社会福祉法人
- 受益者:①父、②母、③子(番号は順位)
- 信託財産:自宅、現金等
- 信託期間:①~③の全員が死亡するまで
- 残余財産の帰属先:受託者である社会福祉法人
- その他:法定後見人として、候補により選任された士業
▼ 仕組み
社会福祉法人と士業が子の生活に必要な手続きを担いつつ、高齢あるいは障がいを負う3人が自分の財産から必要な分だけ給付を受けられる仕組みです。両親のいずれかが存命のうちは、一方から一方へと受益権=給付が受け継がれます。大黒柱である父の認知症発症等があっても、子のための財産管理や給付は途切れません。最終的には、今回受託者として大きな役割を果たした社会福祉法人に財産が寄付されます。
5.親亡き後問題で福祉型信託を活用するメリット
親亡き後問題の対処は、家族信託に法定後見制度等を組み合わせるやり方がおすすめです。モデルとして紹介した例のように、次のようなメリットがあります。
5-1.支援体制に空白が生まれない
信託の仕組みを発動させておけば、委託者である親の状態や後見の有無とは無関係に、契約に沿って財産管理や生活費給付が行えます。信頼できる士業を成年後見人とすることで、当事者に給付した分を計画的に利用でき、生活上必要な手続きの代理・支援も望めます。
5-2.支援を引継ぐ人の負担軽減や生活保障になる
自動的に生活費給付を行う家族信託の仕組みは、支援を引継ぐ人の負担を大きく軽減できます。親名義の財産で当事者を支えるにあたり、後見人変更や相続等の手続き等、管理権を得るためのワンクッションを挟む必要がないからです。
また、残された配偶者等の同居者が障がい等をもつ子を支えるケースでは、次の支援者と子の両方の生活を保障できます。
5-3.子亡き後の財産承継の道筋を作れる
家族信託でしか得られないメリットとして、遺言能力がない子の代わりに財産の承継先を指定できる点が挙げられます。お世話になった親類あるいは社会福祉法人とする等、信託終了時の残余財産の帰属先をコントロールすることで、承継の道筋をあらかじめ作っておけるのです。
6.まとめ
障がい等を持つ子がいる親は、高齢化に伴って先々の支援プランを検討する必要性に迫られます。親がいなくなることで、生活費給付・お金の使い道に関する支援・各種手続きのサポートが止まり、当事者が衣食住に困るリスクがあるからです。
親亡き後問題の対策として有効なのは、今後の支援計画に沿って福祉型契約を締結する方法です。成年後見制度等と組み合わせれば、日常生活の面でも本人を支えられます。
▼ 福祉型信託のメリット
- 親の状態と関係なく、死後も財産管理や生活費給付が行える
- 次の支援者の負担が減る(手続きの省略ができる・共倒れを回避できる)
- 子亡き後の財産承継先について、あらかじめ親自身で指定できる